人と動物の関係学

[2012年3月] 動物と社会 #12

法で癒しに規制がかかる?

動物の愛護と管理に関する法律改正への「困惑」

先月のニュースで、今年に実施されるであろう、動物の愛護と管理に関する法律の改正に関わる一部関係者の「困惑」が伝えられました。
それは、既に施行規則の改正として、法改正に先だって実施された改革に対する「困惑」でした。
この施行規則の改正により、今年の6月から犬や猫の展示時間に対する制限が設けられることになりました。深夜の時間帯に犬や猫などのペットを売るショップが、以前より社会から問題視されていましたが、今回の改正で夜間の展示は午後8時迄となりました。
言うまでもなく、真夜中にまぶしい照明の中で展示される子犬や子猫を目の当たりにしたことがある人々は、展示時間の制限がされることに対し、意義を唱えることはないでしょう。

猫カフェを運営する業者の主張

しかし、実は業態を明記せずに業者による展示の時間制限となった為、最近話題になっている猫カフェを運営する業者が難色を示しているそうです。猫カフェの中には夜8時過ぎ迄営業しているところも多々あり、新しい規則のもとではそれができなくなるということになります。おそらく動物好きの方々は、既にこのような業者から抗議の声が上がっていることはご存知のことでしょう。
またどのような理由を彼らが掲げているかも御存じかも知れません。
例えば一部の猫カフェ関係者がよく口にする理屈は「猫は夜行性である。夜の方が猫の本来の姿が見られる」というものですが本当にそうなのでしょうか?猫は確かに夜行性かも知れませんが、そのような動物の自然な姿とは闇、すなわち暗い自然の環境の中で狩りをしたり縄張りを見回ったりというものです。
夜に明るい中で人間と戯れることが夜行性の動物の「本来の姿」とはとても思えません。猫カフェは猫と人間とのふれあいの大切な場所である、という主張も出てきました。「そのような場が成り立たなくなってしまう」と関係者は言っています。

癒しとは両方向の流れが生じて初めて本当の心の安らぎになること

会社帰りに猫と遊んで癒してもらう、そのような楽しみを持っている人もいるかも知れません。お金を払い猫に癒してもらう、それで本当に良いのでしょうか?これに違和感を感じる人はいないのでしょうか?
癒しとは両方向の流れが生じて初めて本当の心の安らぎになると思うのです。
我が愛犬や愛猫を、心を込めてお世話をする飼い主さんが彼らの安らぎを見て自分もほのぼのとした気持ちになる、ということなのではないでしょうか。
彼らに対する責任を一切負うことなく、彼らの生活に微塵もの関わりもなく、そこから癒しだけを求めるのはあまりにも身勝手な行為だとしか言いようがありません。
最近では「お気に入りの子」と個室に入り二人だけで触れ合うことができるカフェもあるそうです。猫という注釈が入らなければ何とも卑猥で、危険なひびきを感じてしまいます。

癒しなど何かを求めるのなら、本当の関わりを持たなければならない

今、全国に100店舗以上、200店舗に迫るほどの猫カフェが営業中だそうです。恐ろしいことに新たにウサギカフェまで出来始めました。無論、求める人がいるから商売が成り立つのであり、そこに面倒な法規制が関われば商売をする側は嫌がるのも当たり前でしょう。
しかし人間は他の生き物から何かをもらおうとするならば、本当の関わりを持たなければならないと思います。それは犬や猫でなくとも、金魚一匹、ベゴニア一鉢でもよいのです。自分が全責任を負ってその生命を支えているという実感をまず持って欲しいと思います。
忙しくとも、家を空けることがある場合でもペットシッターや友人、家族の助けを借りて誰でもその責任を果たすことはできるはずです。
それをすることが面倒だという人は動物に癒しを求めても「悪いけど他をあたってくれ」と言われてしまうのではないでしょうか。

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