人と動物の関係学

[2013年4月] 犬との楽しい生活 #05

犬との信頼関係

信頼関係を築く為にまず大切なこと

 先日、犬業界の方に犬との信頼関係を促すトレーニングはどのようにあるべきか意見を求められました。私は犬の専門家でもなく、訓練を一生懸命に勉強したこともありません。
一飼い主として自分はどう思うか、と言うことしか口にすることはできませんが、考えていくうちに実はそれが最も大切なことなのではないかと思うようになりました。

相手を尊重するとゆうこと

 例えば自分の家族である犬を「リスペクト」すなわち尊重しているか、ということは飼い主にとって信頼関係を築くための礎であると思います。
叱られてしまうかもしれませんが、子育てととてもよく似た点がいくつもあります。
社会的ルールを守れるような躾は大切ですが、他の子と比べたり、その子の個性を否定したり、向き不向きを考えずに何かを押し付けたりすることは子供にとっても犬にとっても辛い体験をさせてしまうことになりかねません。どんな自分であっても親/飼い主は愛してくれるという確信を相手に持たせることができているか、これが大切であると思います。
また相手を尊重すると言うことは、犬という生物の習性をも尊重すると言うことなのです。穴を掘る、靴をかじる、一人にすると不安で声を上げる、気に入らないことがあると唸る。。。。。。これらはすべて犬にとっては自然とわき出てくる行動なのです。
人間が迷惑であると思っていても犬にしてみれば「普通」のことなのです。唸り声は「それ以上近くに来ないで」、「これを取らないで」、「もう我慢できないから手をどけて」等々自分が何らかの形で追いつめられてしまったことを、人間に伝える犬のコミュニケーションの手段の一つなのです。
それを無視してしまえば犬は攻撃に転じることを強いられてしまうかもしれません。それを人間の視点のみで解釈をすれば自分の愛犬は足拭きをしていると唸りだし咬みついてくる「我慢のない悪い子」である、ということになってしまうのです。

信頼関係を築く為、お互いをどう認め合いますか?

 さてさて、どうしたものでしょう。「もうそこを触らないで!」と言っている犬に無理やり「我慢しなさい!」と人間がいうべきなのか。それとも「了解」と言って人間が手を引くべきなのか?どちらのやり方にもそれなりの支持者はいるでしょう。でも何故このような二者択一でなければならないのでしょう?
例えば「そこを何とか!」と犬にお願いするすべはないものでしょうか?あるいは少しだけ我慢をしてもらってから手を引き、毎回それを続けながら慣れていただくことはできないのでしょうか?実は犬は自分が「そこはだめ!!」と言う声に、人間が忠実に反応して手を引き上げてくれると意外と安心するものであると私は感じています。犬だけではありません。人間も他の動物も同じなのではないでしょうか。
「痛い時には言ってください」と歯医者さんに言われて安心した体験はありませんか?治療はしなければなりませんが過剰な我慢を強いることはしませんよ、と言われることでほっとするのです。これが信頼関係なのでしょう。
穴を掘る犬をとんでもないやつだと思う前に、掘る欲求は自然なのであろう、しからばどこで掘ってもらえば人も犬も気持ち良くお互いを認められるかを考えればよいのです。
人も犬もハッピーであることができる生活を、どのようにして設計していけばよいのか考えることが、信頼関係を築くためには必要なことなのです。
犬には習性に反することも、時には人間社会で生きていくために、させなければならないこともあるでしょう。でも、それは人間がどのようにお願いするかによっては、さほど苦痛にならないこともあります。逆に、人間には犬のためと思ってやっていることは、本当に犬のためなのかそれとも自分がやりたいからなのかを常に胸に手を当てて自問自答してほしいと思います。

飼い主:ピンクのセーター買ってあげたわよ!
犬:ゲゲッ。。。。また何か着せられるの。。。

飼い主:星型のバースデーケーキを犬のベーカリーで買ってきたの、おいしい????
犬:ウメッ。。。。でももっと食べやすいようにぐちゃぐちゃにつぶしてお皿に入れてほしい。。。

人と犬って面白いですね!

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