人と動物の関係学

[2008年12月] 幸せな食物 #00

幸せな食物

「食物」としての動物

動物が好きでたくさんの動物と暮らす私は、「ベジタリアン?」とよく人に聞かれる事があります。そんな時は、「いいえそうではありません。ステーキもトンカツもいただきます」とお答えします。

さてさて・・・犬好きで食べるのも好き、と考えているペットの飼主達は一体どうすれば良いのでしょう? 中には考えないようにしている、と言う人もいるのですが、それは無責任な答えではないでしょうか。本当に動物が好きなのであれば、世の中のあらゆる動物の境遇に関心を持たざるを得ないのではないでしょうか。そしてその中には、好むと好まざるとに関わらず、自分が口にする動物も入っているのです。無論、ベジタリアンという道もありますが、人間は本来雑食性の生物であり、我々にとって動物のお肉を口にすることは決して不自然なことではありません。

例えば、サバンナでシマウマを食べるライオンは虐待者、極悪非道なものでしょうか!? ライオンは自然の流れの中で必要な行動を展開させ、自らの生命を維持しているのです。では、それと同じように人間も牛や豚、鶏を食べなければならないのだから何も悩む必要はない、と言い切ることができるのでしょうか? 実はここに少々問題があるのです。

「生産の現場」に関心を持つこと

ライオンは必要な肉を自分で確保しますが、人間はそうはいきません。そこで人々にお肉を売るための「産業」ができあがるのです。そうなるとどのような商品でもそうであるように、たくさん、安く供給する、という動きが出てくるわけです。このような産業の発展とともに、その「生産物」である動物がとても苦しい思いをしなければならないことが多々起こってきます。

タマゴを産む鶏が、方向転換もできない箱のようなケージの中で、産めなくなるまでその一生を過ごすのは「バタリーケージ」としてよく知られています。鳥インフルエンザがらみの報道で養鶏場の様子を目にした方々も多いことでしょうが、延々と続く鶏の首の列は、このような大量生産用のバタリーケージの光景だったのです。
その他に、自分の尾を見ることができないほど狭い場所にいる豚、体を横たえることができなかったり、ワラなどの敷物がなかったりする飼育舎等々、動物のことを考えるととても悲しくなるようなことが、生産の現場にはたくさんあるのです。動物が好きであれば自分は食べない、と言うよりも、このようなことに関心を持つ賢明な消費者になるべきではないでしょうか。

前述のタマゴですが、例えば平飼い、放し飼いのタマゴも売っています。少々高額ではありますが、何十倍もする訳ではありません。少し意識の高い消費者であれば、よほどのことがないかぎり十分に手の届く価格なのです。

豚肉なども生産の現場の写真などを見せて宣伝しているものもあります。ただし残念なのは、生産者の方々がまだ「品質」、「人間にとっての安全」、「健康な肉は美味」などという言葉を用いていることです。一言でも良いから「動物が幸せ」、「幸せな食物」と言っていただければ、消費者の意識を変えることができるのではないでしょうか。

「フリーダム・フード」で幸せな食物を買う

英国の王立動物虐待防止協会(RSPCA)は、何とこの幸せな食物を制度化/商品化してしまったのです。RSPCAには「フリーダム・フード」というラベルがあります。このラベルを育成、輸送、屠殺の各段階で福祉が保証されている動物由来食品に付けるのです。
ラベルのついた食品はRSPCAが動物福祉の確認を行っているという意味となり、菜食主義ではないが動物を苦しめている食品は欲しくない、と感じている一般の消費者には、とても助かる目印となることは言うまでもありません。

RSPCAのチェックはファイブ・フリーダムス(5つの自由の理念)に基づいて行われます。

  1. 飢えや渇きからの自由
  2. 傷病、苦痛からの自由
  3. 恐怖や抑圧からの自由
  4. 不快からの自由
  5. 自然な行動を展開させる自由

これはもともと農業動物の福祉を守るために考えられた項目ですが、現在ではペットをはじめとしてあらゆる動物の福祉の尺度として用いられています。

いずれにしても英国の消費者は、幸せな食物をマーケットで買うことができるのです。
日本にもこのような商品があれば買いたいと思う方々はたくさんいるのでは、と思うのですが、生産者側は動物の福祉をセールス・ポイントにするということなど全く思いつかない様子です。
お金を払う側が、そろそろ声をあげなければならないのかもしれません。

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