人と動物の関係学

[2010年6月] 動物と社会 #02

ペットとしての野生動物

人間の理解不足から起きた事件

 昨年、米国のコネチカット州で「トラビス」という名前のチンパンジーが射殺されました。その理由は、飼い主の友人を攻撃したと言うものでした。
 トラビスは一人暮らしの未亡人のペットとして、悠々自適の生活をしていました。飼い主の女性と一緒の食卓でたくさんのごちそうを与えられ、人間の服をまとい、テレビやパソコンで遊んでいたのです。
 しかし野生動物であるチンパンジーは、犬や猫などのように容易に行動管理ができる動物ではありません。この事件はそれを物語っていると言えるでしょう。
 このような事が起きると、人間はどの動物よりも脳が発達していると言われているにも関わらず、家畜以外の動物を飼うことの難しさを未だに理解することができずにいるとしか思えません。
 今回のトラビスにしても、縄張り意識や仲間意識の強い霊長類が外部の人間を受け入れることを拒んだうえでのこと、あるいは何らかの危機感を感じたために起こったことなのでしょう。そして舐めるように彼を可愛がっていた飼い主は、その力を止めることはできなかったのです。

人間がもたらす悲しい現実

 この事件に対して、長年チンパンジーの保護活動に身を投じてきたジェーン・グッドール女史は次のように語っています。
「チンパンジーがエンターテインメントやコマーシャルなどで度々使われていることが、この悲劇の原因の一つです。人間の服を着た可愛い姿を見せれば、ペットとしても最適であると思ってしまう人がいても不思議ではありません。しかしこれは真実とはほど遠いことなのです。広告やエンターテインメントに登場するチンパンジーのほとんどはまだ未成熟であり、6~8歳で成熟期に入ると力もとても強くなり、人間では行動管理ができなくなります」
 そう、チンパンジーは本来、アフリカの大自然の中でたくましく生きていく力を持った動物なのです。人間の家の中で、可愛がられながら暮らしていくことは出来ないのです。
 しかし悲しいことに、トラビスのようなチンパンジーはその自然に戻ることすらできません。何故ならば、自然界の中で生きていくために必要な技術を身につけていないからです。野生のチンパンジーのように年上のチンパンジーと一緒に生活をしながら、生きるために必要な技術や知識を身につけるチャンスが与えられていなかったからです。
 これはトラビスだけの問題ではなく、また、チンパンジーだけの問題でもありません。飼い主が扱えなくなったとしても、他の個体と生活することも学んでいない野生動物は動物園でも引き取ってくれません。
 グッドール女史によると、エンターテインメントで使われていたチンパンジーやペットとして飼われていたチンパンジーの成熟後の生活は、とても悲惨なものが多いようです。狭いケージの中に入れっぱなしにされ、時にはその様な生活が50年ほど続くこともあると言われています。それにも関わらず、幼いチンパンジーを欲しがる業界や個人が沢山いるため、人間の飼育下での繁殖はどんどん行われています。

悲劇を無駄にしないために

 しばしばテレビなどに登場するために、自然の中では絶滅の危機に瀕している生物なのであると言う事実も余り世間には知られていません。しかし保護活動をしているグッドール女史によると、開発などによって生息地がどんどん失われているそうです。そのうち、アフリカに住む野生のチンパンジーがいなくなってしまうかもしれません。
 トラビスの悲劇は、彼だけの悲劇ではなく、私たち人間が自分の愚かさを見つめなおす出来ごとだったのではないでしょうか。

このページのトップへ