人と動物の関係学

[2015年7月] 動物と社会 #28

食用動物の文化・習慣について

犬肉祭り

最近中国のある地方における犬肉祭りなるものが世間を騒がせています。どうやらこの地方では夏至の日に犬肉を食べる習慣があるようなのです。そして毎年この時期になると各国の動物福祉団体がこぞって中国を攻め始めます。
犬を食べることがひどいことである、すぐにやめるべきである等々の意見がネット上にも飛び交うのです。これに対して食べている人々は自分たちの食文化に対してとやかく言われたくないと反論しています。犬を食べることが残酷なことなのであろうか、それとも食の文化として認めるべきものなのであろうか、人々はこのような議論に身を投じているのです。しかし実は問題の本質は犬食いではありません。

食用動物の福祉

犬の肉を食べることの文化論よりも、もっともっと本質的なことが見落とされています。それは食用動物の扱いにおける福祉の概念です。肉を食べることよりも、肉の源である生きた動物をどう扱うかが一番先に論じられなければならないことでしょう。
犬肉祭りの光景をメディア報道などで見ると、狭いケージに複数押し込められた犬たちが市場で大勢の人の目にさらされている、痛々しい姿が目に映ります。顧客が購入した犬は首根っこをつかまれケージから引きずり出されます。この時、周りにいる犬達の顔も恐怖やストレスでひきつっています。どのような動物であってもこのような扱いを受けるべきではありません。これはもはや犬の肉を食べる、食べないの問題ではなくなっているのです。犬肉祭りを批判している人たちに対して、この地方の方々は「豚や牛などは皆食べるくせになぜ犬はいけないというのか」と抗議しています。

私たち人間のやるべきこと

しかし豚であったとしてもあのような扱いをされた肉を多くの人は不愉快に思うことでしょう。私たちの社会では食用に多くの動物を活用しています。そして彼らの命を奪う方法に関しては厳密な検討がなされています。それは当然のことでしょう。たとえば自分の仲間が殺されている姿を後ろからくる動物に見せないような工夫をすること、動物の意識をまずなくさせるスタ二ングなども重要な過程の一つです。このような配慮を重ね最後には肉になってしまう動物に生きている間は可能な限り心身ともに苦しい思いをさせないこと、それが人間がやるべきことなのです。
私の大好きなウサギは欧州などでは人気の高い食材の一つです。ピーターラビットの国、英国にはウサギシチューやウサギパイなどウサギを使ったレシピがたくさんあります。これも食文化でしょう。私は個人的には犬の肉を食べたいとは思いません、しかし肉になるまでの過程がどのようなものであるか、それが人道的であるということができれば、その食文化は人間の許容範囲内に入るのでしょう。この問題はそれ以上のものでも、それ以下のものでもありません。

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