人と動物の関係学

[2007年7月]

人と動物の接点

人と動物との関わりはさまざま。その原点は?

 人間は動物に対して好き、嫌いという感情を持つ以前に、もっと原始的なレベルで彼等とどうつながっているかを考えることがあまりありません。しかし「犬や猫が好き」という、ごく日常的な感情に多くの人々はとらわれてしまい、それ以上のことに目を向けることも耳を傾けることもしないまま日々を過ごしてしまうのです。動物と生活をともにしている人々は、時には人間界における彼等の立場、役割、そして扱いに関して思いをめぐらせることはないのでしょうか。本当に自分のコンパニオン・アニマルを愛しているのであれば、その同胞達との接点にも関心が自然とわき出てくるはずです。

 人と動物の関係はいわば扇の要のようなものであり、そこから多数の骨が出ています。その一本一本が特定の関係をあらわしているのです。例えば、私達人間の大半は動物を食べています。それも一つの関係、接点なのです。また私達が日常的に使用している消費財の多くは、動物実験を経て市場に出されています。これも一つの接点なのです。また、世の中には私達が生活をともにしているコンパニオン・アニマル以外にも、障害者を助ける補助犬、学校で飼育されている動物、動物園やサーカスなど娯楽のために使用されている動物、食料以外にも毛皮やその他の製品のために利用されている動物、そして私達と地球環境をわかち合っている野生動物等々様々な動物達がいます。その動物達一頭一頭と自分の関係は一体どのようなものであろうか、と常に考えている人はいないでしょう。

 しかし最近は、アニマル・セラピーなどの言葉に代表されるように、身近な動物達が私達人間に与える影響が取り沙汰され、癒し、生きがい、楽しさ等々が人と動物の関係のキーワードになりつつあります。でも前述したように、人と動物の関係は極めて範囲が広いものであり、かつ人間は、コンパニオン・アニマルという存在を自らの生活の中に入れる以前から、動物と時間及び空間を共有してきたのです。それ故に人と動物の関係の根底にあるものを理解するためには、両者の有史以前からの関わりを考え、さらに現代の様々な接点の本質を見てゆく必要があるでしょう。

動物は人間にとって環境のバロメーター

 それではまず人類と動物の本来の関係、つまり有史以前の時空を共有していた時の関わりを考えてみましょう。人は動物によって癒されると言われていますが、それは一体どのようなことなのでしょう。家畜を身近に置き、彼等から様々な影響を人間が受けてきた時間は、人類の歴史の中ではとても短い期間なのです。それよりもはるかに長い間、人類は動物界、自然界の一員として地球上を動植物と共有してきたのです。人間がまだ言語も文明も持たぬ有史以前の、この長い長い時間の中でこそ、人と動物の本来の関係が確立していったのです。原始時代の人間にとって動物も植物も、第一に食糧であったことは確かでしょう。さらに動物は、時には逆に人間を「食」とする脅威の存在でもあったでしょう。しかし食べること、逃げることなどは人間の生活のごく一部であり、それ以外に動物はどのような役割を果たしていたのかを考えてみなければなりません。原始時代の動物は、周囲の人間にとっては環境のバロメーターとして重要な役割を果たしていた、と考えることが妥当ではないでしょうか。つまり人は動物を次のように見ていたのです。

 森の中で木の実を集めている原始人達が、小鳥のおだやかなさえずりを耳にしたり、小動物が楽しそうに遊ぶ姿を見たりして感じたのは、彼等に対する「いとしさ」ではなく、彼等が、自分達が置かれている環境に対して安心している、ということではないでしょうか。そしてそれを受けて、「この環境は自分にとっても安全に違いない」と感じた、と考えることができるのです。つまり動物達が不安やストレスを感じていないことを確認できれば、人間はそれを受けてリラックスする、緊張せずにいることができるということなのです。これこそが「癒し」の正体なのでしょう。動物達が環境に対して警戒していたり、恐怖を感じていたりすると、その環境には自分にとっても何か不都合なことが起こる可能性が高いと人間は思い込み、自らも緊張せざるを得ないのです。逆に動物が何も不安な様子を見せることがなければ、人は、自分も安心である、と感じるのです。

原始の血。動物の幸せは私たち人間の幸せ

 これをもう少し広げることもできるでしょう。人類は長い間、動物や植物、そしてその他自然界の持てる現象を見、感じるからこそ、季節の移り変わりや環境の変化を感知し生き長らえてきたのです。それを感じることができたからこそ、自分の行動を周囲の変化に合わせて調整することができ、その結果として危険を避け、訪れる事柄に対し準備をし、適切な対応をし、自らの生存をより確かなものにしてゆくことができたのでしょう。これが「好き、嫌い」とは無縁の、より根本的な、本能的な人間の感覚であることは間違いありません。そしてこの原始の血が人間の中で引き起こす現象こそが、人と動物の基本的な関係の裏にあることなのです。より単純な言い方をすれば「彼等がハッピーであれば我等もハッピーであり、彼等が苦しんでいる世界においては我等もまた安楽な生活を営むことはできぬ」ということなのでしょう。病気の汚い動物、苦しみもがく動物などを見せられれば、ここでは自分にも「何か」がおこるかもしれぬという不安を人間は持たざるを得なくなるのです。意識的にそう思うことがなくても、より深いところでそれを感じてしまう部分を人間は皆持っています。

 それ故に、家庭動物や学校動物の飼養管理をしっかりとすること、動物園動物などの飼育環境を改善すること、自然の中で野生動物の生息地を守ること等々は、動物達のためではなく、人間を心身ともに健康な姿に保つために必要なことなのです。このようなことを、まず人と動物の関係のベースとして考えることを出発点とし、様々な人と動物の接点を見てゆくことにより、私達はよりバランスのとれた動物観を持つことができるようになるのではないでしょうか。そしてそうすることによって初めて、今まであえて考えることもなかった分野にも目を向けてゆくようになれるでしょう。

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